現代人はおもにテレビを通じて世界を知るのだから、テレビという媒体を探求し解明するのはアーティストの役割だ

トニー・ゴドフリーが『コンセプチュアル・アート』に記したこの一文は、20世紀の媒体としてのテレビについて書かれたものである。21世紀において、その位置を引き継いでいるのはiPhoneだろう。誰もが手の中に持ち、世界へのアクセスはこのデバイスを介して行われる。大越円香が探求しているのは、この媒体である。

iPhoneは2007年の発表から20年弱で、特殊なガジェットから誰もが持つデファクトへと変化した。その普及を支えたのは、iTunesに始まり後にApp Storeへと拡張されたエコシステムであり、常時インターネットに繋がる界面としての特性である。ユーザーはデバイスそのものではなく、その先にあるネットワークと、そこで成立するサービスにお金を払っている。デバイスは巨大なデジタルワールドへの入り口に過ぎない。

部品供給の側から見ると、iPhoneの普及は収穫逓増を生んだ。同じ部品を大量に作り続けることで小型化と低価格化が進み、それまでハイエンドの専用機材にしか搭載されなかった高度なセンサーが、手のひらの中へ降りてきた。光をあてて対象物までの距離を測るLiDAR(Light Detection And Ranging)も、その一つである。建築や自動運転で重宝されてきた測距技術が、いまや個人の端末で動いている。

大越の関心は、このiPhoneそのものと、それが人々にもたらした新しい体験にある。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]における修了研究では、iPhoneを用いた写真の受容を主題とした。《Invisible view》はその修了制作である。

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《Invisible view》展示風景, IAMAS修了研究発表会2023, 2023, 大越円香, 撮影:斉藤勉

三方を壁で仕切られた空間。正面の壁には大判のプリントが三枚かけられ、その手前の三つの台座には、アクリル板で保護されたオリジナルの印画紙によるプリントが置かれている。右手の壁には三つの大きなQRコードが掲げられている。

そのQRコードをスキャンするとWebページにジャンプし、大判プリントおよびオリジナル印画紙と同じイメージがスマートフォンの画面に現れる。当初これは砂漠の衛星写真のように見えるが、実際には三人の人物の指紋を高精細に撮影したものである。

提示されているのは同じイメージであり、鑑賞者はそれぞれの作品を好きなように見ればよい。だが、与えられた選択肢に対して、鑑賞者は決まった反応を示した。スマートフォンの中のイメージで位置を特定し、それと同じ箇所を大判プリントの中に探し、印画紙の中にも探す。地形だと想像していたものは指紋であり、QRコードを介してアクセスした画像をピンチイン・ピンチアウトしているのは指である。スマートフォンを操作する指と対向する位置に指紋がある。ここに自己言及的な構造が立ち上がる。

印画紙が基軸となり大判印刷とwebページを見ると考えていたが、結果的にはWebページが基軸となり大判印刷と印画紙を見るという体験が生まれていた。これは、日常的にスマートフォンで地図アプリなどを表示した画面を見ながら移動していることが写真の受容の作法にも影響しているのではないかと考える。

大越円香『スマートフォンによって変化した写真の受容に関する考察 ─作品《Invisible view》の制作を通して─』, p.31

写真がそこにあって、それを見るために身体が動くという従来の鑑賞の作法は、スマートフォンが基軸となる構造に置き換わっている。物理的なプリントは、スマートフォンの中に立ち上がるイメージを参照するための副次的な対象になる。《Invisible view》は、この受容の転倒を装置として可視化している。

《Surface drawing》シリーズは、LiDARから直接取り出した点群データそのものを作品化する試みである。LiDARが計測した距離情報は、本来、人が認識しやすい3Dモデルへとテクスチャ処理を経て変換される。その変換の手前に介入し、記号として浮かんでいる粒の集合の状態を、大越は独自に開発したアプリで取り出し、ARとして空間に呼び出して撮影する。

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《Surface Drawing》シリーズ 展示風景, Born New Art., 2023, 大越円香, 撮影:斉藤勉

提示されるのは、人の目から見たら歪んだ世界である。しかしiPhoneからは世界はこのように見えている。リアルワールドとデジタルワールドのあいだに走るねじれを、大越は可視化している。

《Surface drawing 20230322-04》では、画面中央右寄りに藍色の点群がある。点で構成されているために、地の白を透かしてオーガンジーのような透け感がある。藍のオーガンジーを起点として、点群が等高線のように画面全体へ広がり、境界では点が密になって輪郭線のように領域を分ける。上部には赤色が現れ、画面に映らない藍から赤へのグラデーションを連想させる。点群の中に微かに残る建物のテクスチャは、終末的な様相をみせる。

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《Surface drawing 20230322-04》, Detection, 2024, 大越円香, 撮影:斉藤勉

現代人に対するスマートフォンの位置づけについて、岡山芸術交流2019でアーティスティック・ディレクターを務めたピエール・ユイグは、次のように主張している。

スマートフォンは誰もが持つデバイスであり、それは目のようなものであって、誰もが扱えるものへアクセスするためのツールである。

同展に出品されたイアン・チェンの《BOB》は、巨大なディスプレイの中で動き回る人工生命BOBに、鑑賞者がスマートフォンのアプリを介してお布施をする作品だった。スマートフォンを通して、別の世界—BOBの世界—に手を伸ばす。スマートフォンが目のようなものであるなら、その目を使ってデジタル世界を見るということだろう。大越が試みているのは、そのスマートフォンが示している世界を取り出して提示することである。

技術は更新され続ける。だが大越の関心は一貫してiPhoneにある。《Invisible view》はiPhoneによって変化した「見る」習慣を提示し、《Surface drawing》はiPhoneが示している世界そのものを取り出して提示する。媒体を探求し解明するというアーティストの役割を、大越は現代の媒体において引き受けている。

参考文献
  • 柏尾南壮(2010)『iPhoneのすごい中身 手の中に広がる最先端技術の世界』日本実業出版社

  • kiyomiya@impress.co.jp、東芝、世界最小0.85インチHDDを開発、PC Watch https://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1215/toshiba2.htm (参照 2024-7-19)

  • Sanjana Ray、 iPhoneの頭文字、「i」に込められた意味とは?、 GQジャパン https://www.gqjapan.jp/article/20230912-this-is-what-the-i-in-iphone-stands-for (参照 2024-7-8)

  • 大越円香(2023)『スマートフォンによって変化した写真の受容に関する考察 ─作品《Invisible view》の制作を通して─』

  • NEC通信システム、3次元点群分析技術 https://www.ncos.co.jp/products/iot/technology/3dpoint.html (参照 2024-7-10)

  • 山東 悠介、新たな情報提示スタイルを切り拓くホログラムの世界。 かんさいラボサーチ https://www.k-labsearch.jp/senmon/119/ (参照 2024-7-15)

  • Ian Cheng: BOB https://bobs.ai/jp/ (参照 2024-7-15)

  • Tony Godfrey、木幡 和枝 訳(2001)『コンセプチュアル・アート』岩波書店