カフカの階段は、社会運動家・作家の生田武志が、フランツ・カフカの「父への手紙」から着想を得て提唱した概念です。カフカはこの手紙の中で、低い段を五つ上ることと、その五つ分の高さがある一段を上ることの違いを書いています。人が貧困に落ちていくときは、仕事、家族、住まい、お金と、排除が一段ずつ重なっていきます。ところが戻るときには、住所、保証人、当座の生活費といった条件がすべてそろわなければ越えられない一つの高い段になっています。この非対称な状況を階段にたとえたものです。生田は、ここで起きているのは個人の努力の差ではなく、椅子の数が足りない椅子取りゲームだとも指摘しています。
道又蒼彩は、武蔵野美術大学の学部時代から、この概念を参照して版画を制作してきました。最初のシリーズ〈カフカの階段〉は、卒業を控えた自分と同級生がこれからどう歩むのかを、二十歳前後の同世代に向けて描いたものです。その後、問いは「上れない階段」から、どこかに属することの安堵と、そこにとどまり続ける不安へと広がっています。
道又の木版画は、版を彫り進めながら刷り重ねていきます。一度彫った版木は元に戻せず、完成後に同じイメージを刷ることはできません。一度進んだら戻れない、というこの技法の性質は、階段を下りること、選ぶことという主題と無関係ではありません。
道又の作品に即した読みは、テキスト「カフカの階段」で書いています。
参考文献
生田武志『貧困を考えよう』岩波ジュニア新書、2009年