コンセプチュアル・アートは、作品の価値を、目に見える形からアイデアへと移した美術の動きです。1960年代の後半に広がり、作品とは何か、美術とは何かという問いそのものを作品にしました。

1967年、ソル・ルウィットは「アイデアが芸術をつくる機械になる」と書きました。作品をどう作るかはあらかじめ決められた指示に委ねられ、作家の手による仕上げは重要ではなくなります。ジョゼフ・コスースの《1つと3つの椅子》では、本物の椅子、その写真、辞書の「椅子」の定義が並べられ、ものと像と言葉のどれが椅子なのかが問われました。1968年には、ルーシー・R・リパードとジョン・チャンドラーが、こうした傾向を「美術の非物質化」と呼んでいます。

アイデアが作品になるなら、それを見せる場所も変わります。1969年、画商セス・シーゲローブは、展示室ではなくカタログそのものを展覧会とした「1969年1月5日〜31日」展(通称「1月展」)を開きました。同じ年、キュレーターのハラルド・ゼーマンは、ベルンで「態度が形になるとき」展を開き、完成した作品ではなく、作家の態度やプロセスを見せました。作品だけでなく、展覧会の組み立て方もまた、アイデアを示すものになっていきます。

aaploitの見方は、このコンセプチュアル・アートを出発点にしています。作品を見るとは、目の前のものを眺めるだけでなく、その作品の中に入り、問いと向き合うことだという考え方です。一方で、アイデアだけに価値を置くと、作品は精神論になり、乾いていきます。言葉が作品を追い越してしまえば、作品はその言葉の説明になってしまう。だからaaploitはコンセプトを大事にしながら、作品がその上に立つための床として、技術を外さないようにしています。

コンセプチュアル・アートを研究していた頃、同じ時代のミニマル・アートは、アイデアも工夫もないように見えて、さっぱり分かりませんでした。今は、絵画や彫刻の約束事を一つずつ引き算していった末に、形とその場が見えてきた仕事として見ることができます。ミニマルが形を引き算して規則を露わにし、コンセプチュアルはその規則の方を作品として取り出した。二つは、対立というより地続きの関係にあったのだと思います。

参考文献

トニー・ゴドフリー『コンセプチュアル・アート』木幡和枝訳、岩波書店、2001年

Sol LeWitt, "Paragraphs on Conceptual Art," Artforum, June 1967