1968年、ルーシー・R・リパードとジョン・チャンドラーは、美術雑誌に「美術の非物質化」という論文を書きました。作品が、目に見えるものから、指示書や言葉、写真による記録、行為へと移っていく。そうした傾向を名づけたものです。リパードは、その源流をダダやシュルレアリスムに求めています。のちに彼女は、1966年から72年までの動きを一冊の記録にまとめました。日本でも1973年に『美術手帖』で紹介されています。
ものを手放す理由のひとつは、市場への嫌悪でした。ものがなければ、売り買いもされない。1970年、ジョン・バルデッサリは自分の売れなかった絵画を焼き、その灰を作品にしました。ものとしての絵画を葬る、転換の儀式のようにも見えます。
同じころの日本では、逆向きの動きがありました。1968年、関根伸夫は公園の地面に円筒形の穴を掘り、掘り出した土を同じ形に固めて隣に置きました。もの派と呼ばれる作家たちは、石や鉄板、土や紙を、ほとんど手を加えずに置きました。欧米で作品がものから離れていったとき、日本では「ものそのもの」ではなく、ものとものの関係を作品にする仕事が生まれていました。
その後、リパードの分析は還元的にすぎるとして、そのまま受け入れられることは少なくなりました。実際には、非物質化した作品も売買されていきます。記録や証明書、指示書、上演する権利が取引されるようになり、市場はものから、権利やシステムへと広がりました。ものを手放すことは、市場から逃れることにはならなかった。非物質化の論考とその後の議論は、美術品という枠の外へ出るための儀式だったのだと解釈しています。その儀式を経て、作品はものにこだわらず、ものだけに留まらないようになりました。これは脱物質化と呼ぶほうが近く、ポストモダンの美術へとつながっていきます。
歴史になったはずの言葉は、デジタルの時代に再び動き出しました。ピエール・ユイグは、自分の映像作品はハードディスクに0と1で保存されている、エディションはフェイクだ、と語っています。2021年には、デジタル作品の所有を記録するNFTが、オークションで高値をつけました。考えてみれば、スマートフォンのゲームで、形のないアイテムに課金することも非物質的なものへの市場の取引です。ものを持たないものに対価を払うことは、いまや日常になっています。
参考文献
Lucy R. Lippard and John Chandler, "The Dematerialization of Art," Art International, February 1968
Lucy R. Lippard, Six Years: The Dematerialization of the Art Object from 1966 to 1972, Praeger, 1973
ルーシー・R・リパード「美術の非物質化」『美術手帖』1973年7月号、美術出版社
Noah Horowitz, Art of the Deal: Contemporary Art in a Global Financial Market, Princeton University Press, 2011
トニー・ゴドフリー『コンセプチュアル・アート』木幡和枝訳、岩波書店、2001年