ポストモダンは、近代(モダン)を支えていた大きな枠組みが信じられなくなった後の状況を指す言葉です。哲学者ジャン=フランソワ・リオタールは1979年の『ポスト・モダンの条件』で、社会の進歩や人間の解放といった、すべてを一つに束ねて説明する「大きな物語」が終わり、無数の小さな物語が並び立つ時代が来たと述べました。
美術でのポストモダンは、モダニズムという一本の道が崩れた後の状況を指します。批評家クレメント・グリーンバーグは、それぞれのメディウムが自らの固有性を純化していくことに近代美術の道筋を見ていました。けれども、ミニマル・アートが既存の絵画/彫刻という区分そのものを揺さぶり、コンセプチュアル・アートが作品を視覚的な表象からアイデアへとシフトし、ランドアートが美術館の外へと表現の領域を拡張していきます。日本では、もの派が、ものとものの関係そのものを示しました。どれか一つが正解というのではなく、さまざまな動きが同時に並び立つ時代が到来しました。それが、美術の中で大きな物語が終わった姿です。
ただし、ポストモダンは一つの向きではありません。批評家ハル・フォスターは1983年に、ポストモダンを二つに分けました。一つは、表象のあり方や、作品を支える制度そのものを問い直す「抵抗のポストモダン」。もう一つは、モダニズムが終わったのだから何でも許されるとして、古い様式に安易に戻っていく「反動のポストモダン」です。
aaploitは、大きな物語がなくなった後にも、作品を見分けるためのものさしを持ちたいと考えています。何でもアート、誰でもアーティストという考え方では、何も見分けられなくなる。一つの正解がないからこそ、aaploitは現代アートをこう見る、と自分たちの見方を言葉にして置いておく。この注釈も、その試みの一つです。
参考文献
ジャン=フランソワ・リオタール『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』小林康夫訳、水声社、1989年
ハル・フォスター編『反美学―ポストモダンの諸相』室井尚・吉岡洋訳、勁草書房、1987年