画材店で「メディウム」と書かれた瓶を見たことがあるかもしれません。絵具に混ぜて、伸びや、つや、厚みを調整するためのものです。もともとは、顔料を練って画面に定着させる糊の役目をするもの、油絵具なら油、水彩ならアラビアゴムを指す言葉でした。制作の現場では、まずこの意味で使われます。
もう一つ、美術の言葉としてのメディウムがあります。絵画、彫刻、写真、映像といった、作品が成り立つ形式のことです。メディウムはもともとラテン語で「中間」、「媒介」を意味し、その複数形がメディアです。何かと何かのあいだに立って、ものを運ぶもの。画材のメディウムも、顔料と画面のあいだに立つものだと考えれば、二つの意味は同じ根を持っています。
作品リストで素材や技法を記す欄は、ギャラリーによって「素材」や「マテリアル」と書かれることも多くあります。作品が何でできているかを示す言葉です。aaploitはそこに、メディウムという言葉を使っています。アートは何かを届けるものであり、その何かを運ぶものがメディウム、つまり伝えるための媒体だと考えているからです。キャンバスに油彩、和紙に岩絵具、漂着物に金継ぎ。そこに書かれているのは、作品が何でできているかであると同時に、何を通って見る人に届くのか、ということです。
20世紀の美術は、このメディウムをめぐって大きく揺れました。批評家クレメント・グリーンバーグは、絵画なら平面性というように、それぞれのメディウムが自らの固有性を純化していくことに近代美術の道筋を見ました。けれども1960年代のミニマル・アートは、絵画でも彫刻でもないものを差し出し、その枠を外してしまいます。メディウムは、あらかじめ決まった形式ではなく、作家が選ぶものになりました。
選ぶものになったからこそ、素材や技法そのものが、作品のコンセプトになることがあります。
運ぶものが、そのまま運ばれるものになる。自覚的絵画の項目で書いた、絵具の堆積と像のあいだを行き来する体験も、その一つです。