デペイズマン(dépaysement)は、フランス語でもともと「異郷にいる感覚」を指す言葉です。pays は国や土地を、dé- はそこから引き離すことを表します。見知らぬ土地で感じる戸惑いや、旅に出て気分が変わることを、フランスでは今もこの語で言います。
シュルレアリスムは、これを方法にしました。ものを本来の場所から外し、関係のない場所に置く。大きさを変える。ふつうは出会わないもの同士を組み合わせる。シュルレアリストたちが好んで引いたのが、19世紀の詩人ロートレアモンの『マルドロールの歌』にある「解剖台の上でのミシンと雨傘の偶然の出会い」という一節です。
ブルトンは『シュルレアリスム宣言』(1924年)で、詩人ピエール・ルヴェルディの考えを引いています。イメージは、かけ離れた二つの現実を近づけたときに生まれる。二つが遠いほど、イメージは強くなる。デペイズマンは、この考えを物の配置で実行する方法です。シュルレアリスムがフロイトから何を受け取ったかは、無意識の項目に書きました。
絵画では、デ・キリコが先駆けとされます。《愛の歌》(1914年)では、古代彫刻の石膏の頭部と、赤いゴム手袋が並んでいます。ルネ・マグリットは《個人的価値》(1952年)で、櫛やグラスを部屋いっぱいの大きさに描いています。
作品の中に入り込んでいるのに、同時に、こうした引き離しが起きている。没入と引き離しが重なったまま決着しない状態を、aaploitはパラドキシカル・デペイズマンと名付けました。
デペイズマンの前でまず起きるのは、違和感です。見慣れたものが、見慣れない場所にある。見る人は慣れ親しんだ世界から引き離されます。ここまでは、ブレヒトの異化効果と変わりません。違いはその先にあります。異化は、観客を舞台の外に立たせ、距離を取って考えさせます。デペイズマンの違和感は、見る人の精神への問いかけになります。シュルレアリストたちが求めたのは、不可思議(merveilleux)でした。なぜこれがここにあるのか。問われた精神は答えを探して、画面の中の世界に引き込まれていきます。
引き込むデペイズマンと、突き放す異化。この二つが同時に起きて決着しない状態を、aaploitはパラドキシカル・デペイズマンと名付けました。
参考文献
アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』巖谷國士訳、岩波文庫、1992年