芝居を観ていて、登場人物に感情移入し、気がつけば泣いている。劇作家ベルトルト・ブレヒトは、この入り込みを途中で止めようとしました。俳優は役になりきらない。歌や字幕が筋を中断する。舞台の仕掛けは隠さない。観客が「これは芝居だ」と思い出すように作るのです。これを異化効果と呼びます。
なぜ止めるのか。入り込んだままだと、舞台で起きていることを「そういうものだ」と受け入れてしまうからです。ブレヒトは、当たり前に見えているものを、当たり前ではないものとして見せようとしました。観客には、泣くことよりも、距離を取って考えることを求めました。
異化という言葉そのものは、ブレヒトより前に、ロシアの批評家シクロフスキーが文学について使っています。見慣れてしまったものを見慣れないものとして差し出し、もう一度感じられるようにする。こちらは、知覚を取り戻す話です。
美術で近い言葉にデペイズマンがあります。デペイズマンは異なる文脈を関連付けて注意を引き、異化は距離を取らせて気づきを得る。働き方は違いますが、どちらも見慣れたものを見慣れたままにしないという点では似ています。二つが同時に起きる場合については、パラドキシカル・デペイズマンの項目に書きました。
異化は作品の中だけで終わりません。展示を出たあと、いつもの街が少し違って見えることがあります。作品が見慣れないものだったのではなく、日常のほうが見慣れないものになっている。距離を取って考えるというより、もう一度感じ直している。aaploitが異化と言うとき、近いのはシクロフスキーのほうです。
参考文献
ベルトルト・ブレヒト『今日の世界は演劇によって再現できるか ブレヒト演劇論集』新装版千田是也編訳、白水社、1996年
ヴィクトル・シクロフスキー『散文の理論』水野忠夫訳、せりか書房、1971年