空間に展開する作品をインスタレーションと呼ぶことがあります。いまではずいぶん広く使われる言葉になりました。ただ、空間を意識していればインスタレーション、と言ってしまうと、ほとんどの展示がそこに入ってしまい、何も見分けられなくなります。

aaploitでは、インスタレーションを、空間に作品を提示し、空間と作品(もの)と、そこを動く鑑賞者との関係を見せるもの、と考えています。ものが置かれていること自体よりも、置かれたものと空間と人とのあいだに何が起きるかが、作品になっているということです。

この言葉の背景には、彫刻の捉え直しがあります。ミニマル・アートの彫刻家カール・アンドレは、彫刻の関心が「形態」から「構造」へ、そして「場」へと移ってきたと語りました。建畠晢は、この三つの段階を手がかりにインスタレーションを読み解き、かつて彫刻を現実から切り離していた台座が、どのように外されていったのかを振り返っています。

アンドレと同じ1960年代の終わりに、批評家マイケル・フリードは、ミニマル・アートが観客の身体や、そこで過ごす時間を巻き込んでしまうことを「演劇性」と呼んで批判しました。けれども、その演劇性こそが、のちにインスタレーションの核になっていきます。

インスタレーションを見るとき、手がかりは二つあると考えています。一つは、作品が、見る人の身体や時間をどう巻き込んでいるか。もう一つは、ものを本来の場所から別の場所へ移すことで何が起きているか。後者はシュルレアリスムのデペイズマンから来た見方で、パラドキシカル・デペイズマンの項目にもつながります。それでも、空間に何かを置いて見せたとき、それがアートとして成り立つのはどこなのか。この問いは、まだ開いたままにしておきましょう。

参考文献

建畠晢「インスタレーションとオブジェ」『美術手帖』1985年8月号、美術出版社、pp.46-52(特集「インスタレーション」)

Michael Fried, "Art and Objecthood," Artforum, June 1967