キアスムは、フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティが用いた言葉で、交叉を意味します。右手で左手に触れてみると、触れている感覚と触れられている感覚が、入れ替わりそうになります。けれども、二つが完全に一つになることはありません。触れている私は、同時に触れられうる私でもある。そのあいだには、埋まりきらないずれが残ります。見ることも同じです。私たちは世界を見ていますが、見ている私もまた、見えるものの一部です。
2025年の夏、aaploitは「キアスム」という展覧会を開きました。参加したアーティストは石黒光、石松由布、田崎蟻、松田菜優子の4人です。この展覧会企画に応える形で田崎蟻が制作した作品が《再会》と《キアスム》です。《再会》を見てから、《キアスム》を見る。《キアスム》は一見すると茶色の画面です。しかし見ているうちに、像が浮かび上がってきます。そこに描かれていたのは、さっき見た《再会》でした。画中には《再会》があり、その《再会》を見ている人がいて、その様子を見ている人がいる。気がつくと、その連なりの最後に、《キアスム》を見ている自分が立っていました。
画面の中の視線の入れ子が、画面の外にいる私にまで届いてしまう。見ていたはずの私が、見られるものの側に組み込まれている。キアスムという言葉が、説明ではなく体験として立ち上がった瞬間でした。
このとき私は、絵画を見ている自分を見ていました。正確には、認識していました。この発見があったからこそ、自覚的絵画の概念にたどり着いたと言えます。
参考文献
モーリス・メルロ=ポンティ『見えるものと見えないもの 付・研究ノート』滝浦静雄・木田元訳、みすず書房、2017年(「絡み合い——交叉配列」)