Nudge
道又 蒼彩
ナッジ(nudge)とは、肘で軽く突くことです。行動経済学者のリチャード・セイラーと法学者のキャス・サンスティーンは、この語を、選択の自由を奪わないまま人をより望ましい行動へ導く仕組みの名として用いました。禁じるのでも罰するのでもなく、選択肢の並べ方を変える。2008年の著書以降、この考え方は各国の政策現場に広がり、日本でも省庁や自治体に専門の部署が置かれました。いまはその効果を疑う報告も出ています
道又 蒼彩, capacity, 2026, 油性木版画, パネル, 600 × 897 mm, ©2026 道又 蒼彩, Courtesy of the Artist and aaploit
本展で提示する作品には、大人が子どもの背中や肩に手を添える場面を描いた連作があります。視線は段差へ、あるいは台座のような高みへと差し向けられ、手はただ添えられています。手を添えている側にも事情があります。段差の高さを決めたのはこの大人ではありません。促すことを引き受けた者は描かれていますが、段差を設計した者は画面の外にいます。
道又は生田武志氏の「カフカの階段」を参照して制作してきました。貧困は一息に訪れるのではなく、階段を一段ずつ降りるように進む。降りるのは一段ずつだが、上り直すには何段も飛ばさなければならない。カフカが父に宛てた手紙には、友人たちは一段ずつ着実に階段を上っていくのに、自分は何段も飛ばして階段を上るように求められていると綴られていました。同じ階段でありながら、段差は同じ高さで課されていない。促すという行為が両義的になるのは、この一点においてでしょう。上れると見えている側からの合図は、上れないと感じている側には別のものとして届きます。善意と圧力を分けるのは、押す側の意図ではありません。
道又は個展のたびに、その時々に見ている社会を作品へ表してきました。学生であった頃の階段と、いま描かれる小さな段差は、同じ関心の別の位置にあります。連作が示しているのは到達点ではなく、移動し続ける現在地です。
参考文献
リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『NUDGE 実践行動経済学 完全版』日経BP、2022年 那須耕介・橋本努編『ナッジ!? 自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』勁草書房、2020年
aaploitでは4回目となる個展です。是非ご高覧ください。
本展覧会、作品に関してのお問合せは info@aaploit.com までメールにてお願いいたします。
Nudge
- 会期
- 2026年9月18日 – 10月4日
- オープン
- 会期中の金、土、日 13:00 – 18:00 ※会期中の他の日程の観覧をご希望の場合にはご予約ください。
- 会場
- aaploit, Tokyo
Artist
道又 蒼彩
2000年生
木版画を通じて、社会構造の中での位置と選択を問い続ける。版を重ねながら掘り進める制作過程において版木は変化し、エディション番号が付与されながらも、完成後に同じイメージを刷ることはできない。複製技術でありながら不可逆的に生成される作品は、一人一人の経験が異なるように、それぞれが固有の存在として立ち現れる。2025年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻版画コース修了。主な個展に「relief」(札幌芸術の森美術館、2025年)、「community of」(aaploit、2025年)。作品はアーツ前橋に収蔵されている。2000年北海道生まれ。