田辺朔葉がポートレートを描くとき、モデルとの対話から始める。モデル本人はもとより、本人の家族、友人、その人を想起させる人々へと取材が広がっていく。老若男女を問わず、写真を撮影し、アーカイブは一万枚を超えることもある。そのなかから表情や眼差しの断片を選び、一つの顔へと編み上げる。
完成した肖像は、一人の外見の再現ではない。だが全く架空の人物でもない。
その人を認識しているのは何か。その人一人の像ではなく、多くの関係性の総体ではないか。誰かが存在するということは、見られ、記憶され、認識されることと切り離せない。この制作のプロセスは、その構造を画面上に出現させる試みである。
一層ずつ、精緻に描き込む。絵具の厚みが判断の蓄積を記録する。選ばれた一つの類似と、退けられた別の可能性。画面に残る重みは、一つの生に向けられた持続的な注意の痕跡である。 田辺は肖像画を通じて、他者を認識するとはどのようなことなのかに向き合う。