aaploit(アプライト)では、2025年10月31日より11月16日の日程で浅野雅姫、大越円香、鹿野真亜朱による三人展「非対称な視線」を 開催いたします。本展は、20代の同世代作家三人が、視線に潜む権力の「非対称性」に、それぞれ異なる媒体と固有の思考で挑む批評的グループ展です。美術史における「描く男性/描かれる女性」という伝統的構造から、SNSや夜の世界が生み出す現代的な権力関係まで、重層的な非対称性を問い直します。
「視線」とは単なる目の向きではなく、見る者と見られる者のあいだに働く力学――哲学や美術史で論じられてきた gaze を意味します¹。社会的に可視化されることで初めて認識される現象や、名前がつくことで力学として機能する現象があるように、視線は現実を構築する力を持ちます。その非対称性は、しばしば権力や偏見を生み出します。では、見つめる私たちは、本当に安全な場所にいるのでしょうか。 国が「不健全」と断じる仕事² 。ある少年が「いなくていい」とまで言い放った人々³。私たちの社会には、見て見ぬふりをされ、偏見のラベルを貼られた領域が存在します。本展は、知的でスリリングであると同時に、その「知的」が潜在的に孕む権力関係を意識化し、見ること・語ることの立ち位置を見つめなおす試みです。
出展作家と作品
浅野雅姫 / ASANO Miyabi
浅野は、インスタレーションと絵画を通して、美術史と現代の労働システムを接続します。天井から吊るされたキャミソール。その内側で淡く光るのは、顧客への感謝と分析を記録したスマートフォンの画面です。下着と液晶画面――二重のヴェール越しに立ち現れるのは、商品化される感情と、その中で自己を管理する「個」の存在です。併せて展示される裸婦画は、西洋美術史が娼婦をモデルにしながら「崇高な芸術」として浄化してきた偽善を、批評的な「いたずら心」で現代に引き戻します。浅野はセックスワーカーへインタビューを行い、キャミソールなどの提供を受けております。

鹿野真亜朱 / KANO Maashu
鹿野は、ソーシャルメディアの情報だけを頼りに現代の「少女信仰」を描きます。歌舞伎町でホストのために自らを捧げる女性たちの姿を、宗教が示す自己犠牲の物語に重ね合わせます。推しを頂点とするヒエラルキーは不可視の権力構造として機能します。夜の世界で崇められるホストという「推し」は、断片的な情報で構築された偶像(イコン)と重なり合って見えます。この構造のもとで、私たちは彼女たちの現実を本当に目にしているのでしょうか。システムの崩壊により女性の貧困が深刻化し、誰にも相手にされない中年男性の孤独が新たな搾取の温床となる現実⁴があります。

鹿野は下地を施した木パネルにシルクスクリーンを重ね、アクリル絵の具を塗り、再度シルクスクリーンを施した後に研磨するという多層的制作工程を経ます。その結果として現れる「線のズレ」は、現実とネット情報の重ね合わせにより生じる認識の歪みを物理的に可視化しています。
大越円香 / OKOSHI Madoka
大越円香は、iPhoneを媒介に現実とデジタルの境界、そして鑑賞者の視線を探求します。誰もが持つスマートフォンは、常時接続可能なデジタル世界への入り口であり、「目」として機能します。

《Invisible view》では、大判プリント、印画紙、スマホという三層で同じイメージを提示し、鑑賞者は指先と画面を介して物理とデジタルの位置関係を再検証する体験をします。物理空間とデジタル空間のずれやグラデーションが、視線や認識の偏差を体感させます。大越の作品は、単なる技術の可視化ではなく、スマートフォンという日常的なデバイスを通した視線の非対称性や権力関係を意識化させます。浅野が身体や感情、鹿野が現代の偶像を描くのに対し、大越はスマホを介した現代の視覚体験そのものを問い直します。
三人展「非対称な視線」は、見る者と見られる者の間に潜む権力関係や認識のズレを、多層的に可視化する試みです。浅野は身体と感情、鹿野はネット上の偶像、大越はスマートフォンを介した視覚体験を通じて、それぞれ異なる層の非対称性を提示します。
鑑賞者は作品を見ることで、単に「見る側」にいるのではなく、同時に「見られる側」の視点にも立たされます。本展は、こうした複雑で微妙な立ち位置を意識化させ、私たちの視線のあり方そのものを問い直す場となります。
客注・参考文献
¹ 本展で用いる「視線(gaze)」の概念は、ローラ・マルヴィやジャック・ラカンらの議論に端を発し、美術史・映画理論・フェミニズム批評において展開されてきた文脈に基づいています。
² 性風俗「本質的に不健全」 給付金裁判で国が真っ向反論, 朝日新聞デジタル, 2021年4月21日. https://www.asahi.com/articles/ASP4H5GTXP4HUTIL01T.html
³ フェミサイドか ホテル殺人19歳少年の心の深淵, 産経新聞, 2021年6月18日. https://www.sankei.com/article/20210618-F2BBPYFW3NMPHGBKIEASVDJ5R4/
⁴ 中村淳彦『歌舞伎町と貧困女子』, 宝島社新書, 2022年.
“合理的に稼げていた歌舞伎町のシステムを潰したことは、のちに悲惨な副作用を生んだ。女性の貧困が深刻化して、最終手段だった。”カラダを売って”も生活ができないという、絶望的な現状を生んだ。” (p.18)
“「食物連鎖」とはモテない男や寂しい中年男性を底辺として、彼らが払ったお金が風俗嬢やキャバ嬢やアイドルやパパ活女子を経由してホストクラブに流れているということだ。”(p.105)
カバーイメージ:浅野雅姫, 《池袋のヴィーナス》, 2024年, キャンバスに油彩, 1192 × 1655 mm, © 2024 浅野雅姫, Courtesy of the Artist and aaploit
ティツィアーノの名画『ウルビーノのヴィーナス』と同じ構図で描かれたこのモデル女性は、現代を生きる実在する風俗嬢です。そしてティツィアーノだけでなく、多くの名画のモデルになってきたのは娼婦だと言われています。国や時代は違いますが、彼女たちは同じです。
本展覧会、作品に関してのお問合せは info@aaploit.com までメールにてお願いいたします。
作家略歴
浅野雅姫(あさの・みやび)
愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。西洋美術史における裸婦画の伝統に批評的に介入する絵画とインスタレーション作品を制作。性産業従事者へのインタビューと対話的な制作プロセスを通じて、美術史の「描く男性/描かれる女性」という権力構造を転覆させる実践を行う。
大越円香(おおこし・まどか)
名古屋大学大学院情報学研究科社会情報学専攻博士後期課程在学中。批評的実践そのものをメタ批評的に構造化するメディアアート作品を制作。展覧会という制度と鑑賞者の共犯関係を冷徹に分析し、作品化する。
鹿野真亜朱(かの・まあしゅ)
東北芸術工科大学大学院芸術文化専攻絵画領域在学中。漆芸の技法を援用したシルクスクリーンによるミクストメディア作品として提示する。複製技術を用いながらユニークピースとして完成する作品は、現代的な匿名性を暗喩させる。現代都市の不可視の関係性を描き出す。
展覧会概要
非対称な視線
- 会期
- 2025年10月31日(金)から2025年11月16日(日)
- 時間
- 会期中の金、土、日 13:00 – 18:00
※会期中の他の日程の観覧をご希望の場合にはご予約ください。 - 会場
- aaploit 東京都文京区関口1-21-17 TMKビル 2階
aaploitについて
aaploit(アプライト)は、2022年にオープンした現代美術ギャラリーです。「媒体非固定主義」と「批評的自律性」を理念に掲げ、絵画、版画、彫刻、写真、メディアアートなど、表現形態を限定せず、作家の思考の質を重視した展覧会を企画しています。同一作家との複数回の展示を通じた長期的な関係構築により、作家の思考の深化に伴走し、「複雑さを複雑なまま提示する」現代美術の実践を続けています。